2007/05/27(日)
1996年東京優駿(日本ダービー)。1番人気は皐月賞を同様に熱発で回避したものの、プリンシパルステークスを勝利したダンスインザダーク。皐月賞2着のロイヤルタッチが2番人気、1着のイシノサンデーが3番人気と、3頭のサンデーサイレンス産駒が人気を集めていた。フサイチコンコルドは、無敗とはいえキャリアがわずか2戦、度重なる熱発ということもあり、「関西の秘密兵器」として7番人気にとどまっていた、
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2007/05/27(日)
1995年東京優駿(日本ダービー)でタヤスツヨシは1番人気となり、見事その期待に応え優勝。サンデーサイレンス産駒初の東京優駿(日本ダービー)制覇、鞍上の小島貞博は1992年のミホノブルボンに続く東京優駿(日本ダービー)2勝目(当時史上10人目)であった。
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2007/05/27(日)
1994年東京優駿(日本ダービー)でナリタブライアン圧倒的な1番人気に支持された。レースでは早めにスパートをかけながらも出走馬の中で最も速い上がりを繰り出して優勝。クラシック二冠を達成した。
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2007/05/27(日)
1993年東京優駿(日本ダービー)でウイニングチケットは1番人気に推され、内で粘るビワハヤヒデを振り切り見事優勝した。実に19回目の挑戦にして悲願の東京優駿(日本ダービー)制覇を果たした騎手の柴田政人がその後の勝利騎手インタビューで「世界のホースマンに日本のダービーを勝った柴田ですと伝えたい。」と語った。
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2007/05/27(日)
1992年東京優駿(日本ダービー)では、ミホノブルボンの父マグニテュードの産駒の多くが短距離馬であったことから、2400mを逃げ切るのは不可能でないかという距離限界説もささやかれたが、スピードの絶対値の違いでスタートから先頭に立ち、他馬に影をも踏ませることなく2着のライスシャワーに4馬身差をつけて逃げ切り、ミホノブルボンはデビューから6戦6勝の無敗でクラシック二冠東京優駿(日本ダービー)を制した。
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2007/05/27(日)
1991年東京優駿(日本ダービー)で20頭中の20番枠という大外枠の単枠指定で、トウカイテイオー は1.6倍の圧倒的な1番人気になると、スタート直後にスムーズに6番手につけ、最後の直線で抜け出すと2着レオダーバンに3馬身差の快勝。父シンボリルドルフと同様、無敗でトウカイテイオー は二冠を制した、
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2007/05/27(日)
1990年東京優駿(日本ダービー)、3番人気となったアイネスフウジンであったが、自ら前半3ハロンを35.7の速いタイムで逃げをうつ。皐月賞優勝馬ハクタイセイがこれを追いかけるが、絶妙のペースで逃げたアイネスフウジンは一度も先頭を譲ることなく最後の直線でハクタイセイは脱落、さらに中団から怒濤の勢いで追い込んできた1番人気メジロライアンに1馬身1/4の差をつけて東京優駿(日本ダービー)を2分25秒3のレースレコードで逃げ切った、
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2007/05/27(日)
1989年東京優駿(日本ダービー)は中心馬不在のレースとなった。1番人気は前走の若草ステークスを楽勝したロングシンホニー、2番人気は東京優駿(日本ダービー)優勝馬クライムカイザーを父に持ち親子2代東京優駿(日本ダービー)制覇を狙うマイネルブレーブ、ウィナーズサークルは2頭に次ぐ3番人気に支持される、
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2007/05/27(日)
1988年東京優駿(日本ダービー)スタートはヤエノムテキ、サクラチヨノオー、ディクターランドが一番早かったが、直後、一番外枠である24番のアドバンスモアが1ハロン(200メートル)10.5秒の猛烈なスパートを見せて先頭を奪った。これは最後の鞭を入れての追い比べでも記録されることが少ないほどのハイペースである、
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2007/05/27(日)
1986年東京優駿(日本ダービー)でダイナガリバーは直線抜け出しグランパズドリームを半馬身抑えて勝利した、鞍上の増沢末夫は48歳7ヶ月5日。史上最年長のダービージョッキーとなった、
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2007/05/27(日)
1985年シリウスシンボリは東京優駿(日本ダービー)に出走し、皐月賞を5馬身差で優勝したミホシンザンが骨折で回避したこともあり1番人気に推された。レースは荒れた重馬場の中、スダホークを3馬身差で下し東京優駿(日本ダービー)シリウスシンボリが優勝馬になった。
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2007/05/27(日)
1983年東京優駿(日本ダービー)でミスターシービーは出遅れて最後方からのスタートとなるものの、直線追い込んで快勝するが、タケノヒエンの斜行を回避した際、今度はミスターシービーがキクノフラッシュと衝突した上ニシノスキーに騎乗していた安田富男が馬上で立ち上がるほどの斜行を行う形になってしまった事で
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2007/05/09(水)
1996年第57回優駿牝馬(オークス)でエアグルーヴは、中団からの競馬、桜花賞優勝馬ファイトガリバーらを抑え快勝。桜花賞に出走してれば最有力候補だったエアグルーヴ(目前にして熱発で回避)だが、優駿牝馬(オークス)で見事な勝利。
1996年5月26日(日)GI 第57回 優駿牝馬(オークス) 2400m 芝
天候/晴 芝/良
着順
1エアグルーヴ 武 豊騎手 タイム2:29.1 上がり3F34.8
2ファイトガリバー
3リトルオードリー
4ロゼカラー
5マックスロゼ
1996年5月26日(日)GI 第57回 優駿牝馬(オークス) 2400m 芝
天候/晴 芝/良
着順
1エアグルーヴ 武 豊騎手 タイム2:29.1 上がり3F34.8
2ファイトガリバー
3リトルオードリー
4ロゼカラー
5マックスロゼ
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2007/05/08(火)
2005年第66回優駿牝馬(オークス)でシーザリオは、単勝オッズ1.5倍と断然の1番人気となった。シーザリオは後方からの競馬、レース展開はスローペース逃げたエイシンテンダーを含め先行馬有利と思われたがシーザリオは上がり3ハロン33.3秒と驚異の末脚(4コーナーを曲がった時の位置取りは12番手)で2005年第66回優駿牝馬(オークス)を勝利した。
2005年5月22日(日)GI 第66回 優駿牝馬(オークス) 2400m 芝
天候/晴 芝/良
着順
1シーザリオ 福永祐一騎手 タイム2:28.8
2エアメサイア
3ディアデラノビア
4エイシンテンダー
5ブリトン
2005年5月22日(日)GI 第66回 優駿牝馬(オークス) 2400m 芝
天候/晴 芝/良
着順
1シーザリオ 福永祐一騎手 タイム2:28.8
2エアメサイア
3ディアデラノビア
4エイシンテンダー
5ブリトン
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2007/05/07(月)
セントライトは1941年、横濱農林省賞典4歳呼馬(現:皐月賞)、東京優駿、京都農林省賞典4歳呼馬(現:菊花賞)を勝ち、日本の競走馬として初めてクラシック三冠馬となった。
重馬場を得意とし、重ハンデにも良く耐えた。また、東京優駿競走を勝利した時には4連闘目かつ8馬身差の圧勝だった(日本ダービー最大着差)。まさに日本競馬創成期の名馬と言える。
その業績を称えて、菊花賞の関東のトライアルレースとして、1951年から「セントライト記念」を開催している。
三冠達成後、関係者は重ハンデを背負う事を嫌い天皇賞に挑戦する事無く引退。生まれ故郷の小岩井農場に戻り種牡馬生活を送ることになる。当初はオーライト(平和賞・現在の天皇賞(春))、オーエンス(天皇賞(春))、セントオー(菊花賞)等の八大競走勝ち馬を輩出したものの、小岩井農場を経営していた小岩井農牧(株)が、GHQの命令によりサラブレッドの生産から撤退することになり、1949年にセントライトも岩手県畜産試験場に移ったが、繁殖牝馬の質が低下した事もあり種牡馬成績を落としてしまう。
1965年2月1日、老衰のため同試験場で死亡。シンザンの、自身に次ぐ史上二頭目の三冠達成から数ヶ月後の事だった。1984年、顕彰馬に選出された。
重馬場を得意とし、重ハンデにも良く耐えた。また、東京優駿競走を勝利した時には4連闘目かつ8馬身差の圧勝だった(日本ダービー最大着差)。まさに日本競馬創成期の名馬と言える。
その業績を称えて、菊花賞の関東のトライアルレースとして、1951年から「セントライト記念」を開催している。
三冠達成後、関係者は重ハンデを背負う事を嫌い天皇賞に挑戦する事無く引退。生まれ故郷の小岩井農場に戻り種牡馬生活を送ることになる。当初はオーライト(平和賞・現在の天皇賞(春))、オーエンス(天皇賞(春))、セントオー(菊花賞)等の八大競走勝ち馬を輩出したものの、小岩井農場を経営していた小岩井農牧(株)が、GHQの命令によりサラブレッドの生産から撤退することになり、1949年にセントライトも岩手県畜産試験場に移ったが、繁殖牝馬の質が低下した事もあり種牡馬成績を落としてしまう。
1965年2月1日、老衰のため同試験場で死亡。シンザンの、自身に次ぐ史上二頭目の三冠達成から数ヶ月後の事だった。1984年、顕彰馬に選出された。
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2007/05/07(月)
第67回優駿牝馬でカワカミプリンセスは、桜花賞の2着馬で武豊鞍上のアドマイヤキッス、その桜花賞で優勝したキストゥヘヴンに続く3番人気に支持される。道中は中団外目で先頭から5、6番手を追走し、直線では前を行くアサヒライジングを交わして先頭に立つと、フサイチパンドラの追撃を抑えてカワカミプリンセスが1着でゴールした。無敗での優駿牝馬制覇は、クリフジ、ミツマサ、ミスオンワードに次ぐ49年ぶり史上4頭目のことであった。父のキングヘイローにとっても初のGI産駒となり、スイートピーステークスの出走馬からは(前身のスイートピー賞を含め)初の優駿牝馬優勝がカワカミプリンセスだった。
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2007/05/01(火)
ウインクリューガー秋の京都競馬でデビュー。この新馬戦を勝利した後、オープンの萩ステークスに挑戦したが、4着に敗れる。翌2003年の白梅賞では、後のクラシック2冠馬ネオユニヴァースと0.1秒差の好勝負をするが、斜行により5着降着となった。この戦いが評価され、次走のこぶし賞では1番人気に押されたが、11着と惨敗した。
次の500万下競走が、ウインクリューガーにとっての2勝目となる。そして次走、アーリントンカップで重賞初挑戦。ウインクリューガー7番人気だったが勝利で飾る。これがタイキシャトル産駒にとって初の重賞勝利となった。
続く毎日杯では2000mの距離が合わず8着に敗れ、迎えたNHKマイルカップは9番人気。レースでは2番手を追走し、最後は追い上げるエイシンツルギザンを振り切って勝利。タイキシャトル産駒として初のGI制覇を達成した。
次の500万下競走が、ウインクリューガーにとっての2勝目となる。そして次走、アーリントンカップで重賞初挑戦。ウインクリューガー7番人気だったが勝利で飾る。これがタイキシャトル産駒にとって初の重賞勝利となった。
続く毎日杯では2000mの距離が合わず8着に敗れ、迎えたNHKマイルカップは9番人気。レースでは2番手を追走し、最後は追い上げるエイシンツルギザンを振り切って勝利。タイキシャトル産駒として初のGI制覇を達成した。
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2007/05/01(火)
テレグノシス2002年の第7回NHKマイルカップの優勝馬である。NHKマイルカップでは2回斜行し、進路妨害による降着かと思われたが、15分の審議の結果降着処分にはならなかった。被害を受けた1番人気で後に東京優駿(日本ダービー)を勝つ鬼脚の持ち主タニノギムレットの鞍上武豊はこの事に激怒したという。
トニービン産駒らしく東京コースを得意としているが、東京競馬場のマイルGIである安田記念の成績は7着(2003年)、2着(2004年)、6着(2005年)、9着(2006年)と今ひとつである。
その他の重賞勝利に毎日王冠(2004年)、京王杯スプリングカップ(2003年)があり、これらも東京競馬場で施行されている。また、重賞以外の勝利も東京競馬場でのもので、その勝ち鞍の全てが東京競馬場ということになる。
トニービン産駒らしく東京コースを得意としているが、東京競馬場のマイルGIである安田記念の成績は7着(2003年)、2着(2004年)、6着(2005年)、9着(2006年)と今ひとつである。
その他の重賞勝利に毎日王冠(2004年)、京王杯スプリングカップ(2003年)があり、これらも東京競馬場で施行されている。また、重賞以外の勝利も東京競馬場でのもので、その勝ち鞍の全てが東京競馬場ということになる。
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2007/05/01(火)
2001年NHKマイルカップでクロフネは単勝1.2倍の圧倒的1番人気に推される。ところが、13番人気のグラスエイコウオーが逃げ、先頭をキープしたまま最後の直線に入ると場内は騒然となったが、クロフネは最後方から追い込み、ゴール直前でグラスエイコウオーを1/2馬身差でかわして勝利した、これがクロフネ初GI勝利となった。
クロフネ(1998年 - )は日本の競走馬。アメリカ合衆国で生まれ、日本で調教された外国産馬である。2001年に、NHKマイルカップとジャパンカップダートで優勝した。
クロフネ(1998年 - )は日本の競走馬。アメリカ合衆国で生まれ、日本で調教された外国産馬である。2001年に、NHKマイルカップとジャパンカップダートで優勝した。
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2007/05/01(火)
2000年になると共同通信杯4歳ステークス(GIII)をイーグルカフェが勝つ。しかし、当時はまだクラシック競走に外国産馬の出走枠が無く、その他の4歳外国産馬と同様に、マル外ダービーと呼ばれていたNHKマイルカップ路線を歩む。
前哨戦であるニュージーランドトロフィー4歳ステークス(GII)でイーグルカフェは4番人気で7着と敗れるが、続いて挑んだ本番NHKマイルカップ(GI)では2番人気と支持を集めレースに臨む。直線どうかと思われたが、前を行くトーヨーデヘアを大外から強襲し、ハナ差でGI制覇を成し遂げる。鞍上の岡部幸雄はNHKマイルカップ初制覇、調教師の小島太と馬主の西川清にとってはGI初制覇であった。
前哨戦であるニュージーランドトロフィー4歳ステークス(GII)でイーグルカフェは4番人気で7着と敗れるが、続いて挑んだ本番NHKマイルカップ(GI)では2番人気と支持を集めレースに臨む。直線どうかと思われたが、前を行くトーヨーデヘアを大外から強襲し、ハナ差でGI制覇を成し遂げる。鞍上の岡部幸雄はNHKマイルカップ初制覇、調教師の小島太と馬主の西川清にとってはGI初制覇であった。
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2007/05/01(火)
シンボリインディ1999年5月16日、横山典弘を背にNHKマイルカップに出走。重賞初挑戦ということもあってか6番人気であった。道中は後方を追走。直線に入ってインから伸び、ザカリヤの猛追を振り切ってシンボリインディ1着。ここまでマイル戦ばかりを使われて4連勝。そして馬主であるシンボリ牧場は、シンボリルドルフの有馬記念(1985年)以来14年ぶりのGI制覇であった。
その後シンボリ牧場に放牧に出された。休養の間、秋にアメリカのブリーダーズカップ・マイルへ挑戦することも検討されたが、馬房内で暴れてケガをしたため計画を白紙に戻し、12月の有馬記念に向けて調整することとなった。
その後シンボリ牧場に放牧に出された。休養の間、秋にアメリカのブリーダーズカップ・マイルへ挑戦することも検討されたが、馬房内で暴れてケガをしたため計画を白紙に戻し、12月の有馬記念に向けて調整することとなった。
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2007/05/01(火)
エルコンドルパサー、デビューは1997年11月8日の東京競馬場、ダート1600mの新馬戦であった。スタートは悪く、出遅れるものの、直線に入ると1頭だけ次元の違う脚を見せ、最後は7馬身差の圧勝だった。 ちなみに、この日のメイン競走京成杯3歳ステークスでは、同期の外国産馬で後に3強と呼ばれたグラスワンダーが圧勝している。
エルコンドルパサー2戦目1998年1月11日の中山競馬場500万条件レースも9馬身差で圧勝。この頃からグラスワンダーに対抗できる大物として認識されるようになる。これまでダートコースしか走っていなかったため、陣営は芝コースを経験させるべく共同通信杯4歳ステークスに出走させるが、雪のため東京競馬場芝コースが使えず、皮肉にもダートに変更となってしまった。レースではハイパーナカヤマが食い下がったが、初めて鞭を入れられるときっちり伸び、力の違いを見せ付け勝利。
2ヶ月後にはNHKマイルカップトライアルのニュージーランドトロフィー4歳ステークスに出走、初めての芝のレースとなったが、出遅れながら圧勝した。
グラスワンダー(骨折で戦線離脱)のいないNHKマイルカップでは、もはや敵はなく、エルコンドルパサーは外を回って抜け出して余裕の勝利。初のGIタイトルを手中にした。
エルコンドルパサー2戦目1998年1月11日の中山競馬場500万条件レースも9馬身差で圧勝。この頃からグラスワンダーに対抗できる大物として認識されるようになる。これまでダートコースしか走っていなかったため、陣営は芝コースを経験させるべく共同通信杯4歳ステークスに出走させるが、雪のため東京競馬場芝コースが使えず、皮肉にもダートに変更となってしまった。レースではハイパーナカヤマが食い下がったが、初めて鞭を入れられるときっちり伸び、力の違いを見せ付け勝利。
2ヶ月後にはNHKマイルカップトライアルのニュージーランドトロフィー4歳ステークスに出走、初めての芝のレースとなったが、出遅れながら圧勝した。
グラスワンダー(骨折で戦線離脱)のいないNHKマイルカップでは、もはや敵はなく、エルコンドルパサーは外を回って抜け出して余裕の勝利。初のGIタイトルを手中にした。
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2007/05/01(火)
シーキングザパール1996年、小倉競馬場の新馬戦で7馬身差の圧勝。続く新潟3歳ステークスではスタート直後によれて落馬寸前にまで追い込まれるが、それでもシーキングザパールは3着に食い込んだ。このときの5着はメジロドーベル。続くデイリー杯3歳ステークスは後の天皇賞(春)の優勝馬メジロブライトを突き放して快勝するも、阪神3歳牝馬ステークス(現・阪神ジュベナイルフィリーズ)では全く伸びず、メジロドーベルの雪辱を許した。当時は武豊騎手も「気難しい」と言うほどのムラ馬であった。
4歳、シンザン記念を勝利した後に当時の調教師とオーナーのトラブルから森秀行厩舎に転厩するも、そのまま重賞4連勝でNHKマイルカップまでシーキングザパールは勝ち続けた。この頃の勢いには凄まじいものがあり、行く行くは牝馬の重賞勝利数記録を更新するとの声も挙がっていた。
4歳、シンザン記念を勝利した後に当時の調教師とオーナーのトラブルから森秀行厩舎に転厩するも、そのまま重賞4連勝でNHKマイルカップまでシーキングザパールは勝ち続けた。この頃の勢いには凄まじいものがあり、行く行くは牝馬の重賞勝利数記録を更新するとの声も挙がっていた。
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2007/05/01(火)
タイキフォーチュンは1996年に新設されたNHKマイルカップの初代王者である。新設されたNHKマイルカップ、ここで4番人気に支持されたタイキフォーチュンは、逃げたバンブーピノが作り出したとてつもないハイペースにも助けられ直線鋭く伸び勝利、NHKマイルカップ初代王者に輝いた。このレースで記録された1.32.6というタイムはこの年の安田記念(NHKマイルカップと同じ距離、同じ競馬場)でトロットサンダーが出した1.33.1よりも早いタイムであり、2004年にキングカメハメハが破るまでレースレコードだった。
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