200704

200704 に関する記事です。
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2007/04/30(月)
2007/04/29 京都競馬場で開催された(G1)芝3200m 第135回天皇賞(春)石橋守騎手が騎乗したメイショウサムソンが3分14秒1で優勝。メイショウサムソンは、皐月賞、日本ダービーと3冠目となる。2着は、ハナ差でエリモエクスパイア。3着にはクビ差でトウカイトリック。1番人気アイポッパーは後方から最速の上がり34秒2の末脚だが、4着に沈む。
天皇賞当日の京都競馬場は、天候/晴れ 馬場状態/良でした。

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2007/04/29(日)
84年シンボリルドルフはセントライト記念をレコードタイムで優勝。そして、三冠最後の菊花賞に挑む。道中は馬群の中団に位置し、3コーナーではやや前の馬が壁になったものの、最後の直線で抜け出すと外から襲い掛かってきたゴールドウエイを3/4馬身退け優勝。日本の中央競馬史上初の無敗でのクラシック三冠を達成する。菊花賞表彰式では岡部が三冠を示す3本指を立てた。

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2007/04/29(日)
84年東京優駿(日本ダービー)シンボリルドルフは単勝で1.3倍と圧倒的1番人気だった。また、回避馬が続出し、当時の戦後最少頭数となる21頭でのレースとなった。レースではスズマッハが逃げる展開となった。シンボリルドルフが向こう正面で岡部のゴーサインに反応しなかった為に競馬場は騒然となったが、直線に入ると自らハミをとり3頭併せで先を行くスズマッハ・フジノフウウン・スズパレードを差し切り二冠達成。無敗での二冠制覇はトキノミノル、コダマ以来3頭目の快挙だった。なおビゼンニシキは14着と沈んだ。ここでも岡部は表彰式で二冠を示す2本指を立てた。

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2007/04/29(日)
84年皐月賞でシンボリルドルフは弥生賞から22kg減の馬体重となった。前走時の外傷によって休んだ後、運動の遅れを取り戻すために行った強めの調教が原因だった。再び2強対決となり、2頭に人気が集中しそうだったため2頭とも単枠指定とされた。今度はシンボリルドルフが1番人気となった。シンボリルドルフは道中3番手で競馬を進め、4コーナーでは先頭になった。直線に入るとビゼンニシキと一騎打ちになり、シンボリルドルフは外側を走るビゼンニシキと激しくぶつかり合い、外に斜行している。しかし最後はビゼンニシキを1馬身1/4抑えてレースレコードで一冠達成。皐月賞表彰式で三冠を意識して岡部が一冠を示す1本指を指し示した。

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2007/04/28(土)
1978年3月5日朝、テンポイント力尽きる、最期のレースとなった1978年1月22日 日経新春杯テンポイントは66.5kgと言う斤量(他馬よりも10キロ以上も重いハンデキャップ)を背負わされた。しかし、それでも軽く勝つだろうと楽観視されていた。レースの序盤は勢いよく先頭を切っていたが、第四コーナーを差し掛かった所、がくんとスピードが落ち、左後肢を故障し競走中止。テンポイントの骨は第三中足骨開放骨折及び第一趾骨複骨折という、とても手の施しようが無い重傷を負ってしまった。

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2007/04/28(土)
トウショウボーイは1976年有馬記念を1番人気で迎えた。このレースにはテンポイントや牝馬クラシック二冠馬テイタニヤ、天皇賞馬であるエリモジョージ・アイフル・フジノパーシア達が出走してきた。トウショウボーイはこれらの強豪を相手にそのスピードと強さを発揮、2着テンポイントに1馬身半の差をつけレースレコードで快勝。
主な勝鞍
(GI)皐月賞、有馬記念、宝塚記念
(GII)神戸新聞杯、京都新聞杯、高松宮杯

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